地理書とかいう位のものを読んだくらいのもので、発音は凡ていわゆる変則読みであった。それから、普通科においても、経書や歴史は以前のものを用いたが、その他西洋物ではやはり西洋事情を第一として、上海出版の博物新編、地球説略、などを用いた。こんなものが藩学校で教えられるので、旧来の先生連は一同顰蹙していたけれども、さすがに何ともいわなかった。また軍隊ではその頃は英式よりも仏式の方がよいという事になったので、特に東京から、武蔵知安氏とその門人の五、六名を聘傭して訓練させた。この武蔵氏一行は、函館の五稜郭に立籠って実戦の経験のある人なので、本名は隠していたがなかなか江戸子気性でテキパキと物をいうし、軍隊に対しても用捨なく叱り付けて訓練していた。そうして一般から見ても当時の藩政の当局者はまず武張った者が多いので、もし命令に違えばどんな厳罰に処せられるかも知れぬという恐れがあったから、他より来た教師であるにかかわらず、よく柔順に服従していた。因てここに始めて我藩にも軍隊らしきものが出来かかったのだ。またその頃は騎馬隊といった騎兵の事に達している何とかいう人を聘用して一小隊位の騎兵をして教練せしめた。凡
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