た。私は安政年間十一歳で藩地へ帰った以来、再び見る江戸否東京であるから一入《ひとしお》勇ましく旅行したが、その頃はまだ幕府時代のままで、五十三駅の駅々には問屋があって、それに掛合って馬や駕や人足も出してもらった。尤も書生のことであるから多くは歩いて、よくよく疲れると荷馬の空鞍へ乗って聊か助かる位であった。が、予て私は健足だから、別に苦しくもなかった。宿屋は一行の大勢で泊り込むので、相変らず酒を飲んで雑談に夜を更かしなかなか面白かった。一つ記憶に残っているのは、何処の宿であったか忘れたが、朝早く店先で宿の女房などが騒ぐ声がする、私は何心なく行って見ると、抜身の手槍を持った侍が突立っていて、宿の女房は『ここは薩州様のお宿であります。』と繰返し言っていた。なお私の外にも同行者が段々起きて来て、そこへ列《なら》んだので、右の侍はそのまま帰って行った。聞いて見るとそれは久留米藩の侍で、それらの数人がこの駅へ泊って、出立の際問屋の応接のしぶりが悪かったか何かで、例の気荒な九州武士の感情に障り、直ちに抜刀したから、問屋の役人は皆逃げ出した、それをあちらこちらと追掛けて、そこで私等の宿へも捜索に来たの
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