野安繹《しげのやすつぐ》先生が来られたのであるが、やはり水本の方を慕うが上に、東京の見物もしたいという希望もあるので、薩藩人を始め、他の藩々の人もイッソ水本の教授せらるる昌平学校へ行こうということになった。私も山本公用人にこれを相談して許可を受けたから、他の学生と共に東京へ行くことになった。尤も水本先生は少し先へ出発されるので、走り井の茶屋まで一同が送って行ったが、先生に兼て馴染の三本木芸子なども数人送って来て、酒宴が開かれてなかなか賑かであった。それから見送りがすんで相国寺へ帰る途中寺町を通ったが、ある場所であちらこちらと人立ちがして何だかつぶやいていて変であったので聞いて見ると、今横井平四郎氏が誰とも知れぬ者に殺されたということなので、もう死骸は勿論血なども見えていなかったが、有名な人の凶事にわれわれも驚いた。
 京都の話しはまずこれだけで、われわれもいよいよ東京へ出発することになったが、同行者は多く薩州人で、他に一、二の他藩人もいた。而して塾長の小牧善次郎氏はこれも史官を拝命して陛下の御東幸に供奉することになったので、あとの塾は重野先生と三、四の学生のみが残ってガランと淋しくなっ
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