に最も楽しかったのは正月であった。元日には君侯が登城をする。その時に限り上下でなく衣冠《いかん》を着け天神様のような風をする。供もそれに準じた服を着た。私の父も風折《かざおれ》烏帽子《えぼうし》に布衣《ほい》で供をした。まだ暗いうちに、燈のもとでこの装いする所を、いつも私は珍しく見た。君侯の姿はよく見たことはなかった。唯父から聞いたのみである。
正月には万歳《まんざい》が来た。太夫は皆三河から来たが、才蔵は才蔵市で雇うのであった。その頃は各大名屋敷とも万歳を呼んだ。私の藩主は勿論私の内も呼んだ。但し君侯へ出る万歳は大小をさしている格のよい万歳であったが、私どもの内へ来るのは一刀であった。万歳にもそういう地位の等差があった。二刀のは礼物を多くせねばならぬ故、私の内などの身分では一刀のを呼ぶのであった。君侯でなくとも歴々の者は二刀のを呼ぶのであった。私どもは内の万歳を見る外に、よその万歳をも見て歩いた。万歳の尻には子供は勿論大供も跟《つ》いて行った。才蔵は随分しつこく戯れたもので、そこに居る若い女などにからかい、逃げ出すと勝手向までも追掛けて行くこともあった。舞が終ると、内では膳に米を一
前へ
次へ
全397ページ中23ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
内藤 鳴雪 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング