も恭順を表せられた上は、藩士内に党派などがあっては土州長州へ対して聞えも宜しからぬと、去年責罰された家老初めも総てそれを赦されて、あるいは役付をする事にもなった。そこで私の父は勘定奉行といって、財政の主任になった。また私も再び小姓を申付けられて、今度は前藩主勝成公の側付となった。つまらぬ事だが、私は小姓の再勤であるにもかかわらず、今度は総ての人の末席となった。それは父たる君公の側付の小姓が子たる君公の側付となれば、前の座席をそのまま持込むのであるが、子たる君公の側付が父たる君公の側付となれば、再勤と否とにかかわらず皆末席となるのが慣例なのである。そこで私は遥か後に小姓となった者よりも下に付いて働くことが何だか口惜しいように思った。けれどもこの小姓再勤を、私を愛した祖母に聞かせたら、どの位喜ぶかも知れぬのだに、去年亡くなったのを残念に思った。
右の如く恭順中であるにかかわらず、藩庁は藩士の進退をするし、また家禄等も、最前いった人数扶持の制法で渡した。それから土州長州両軍の滞在費は総て我藩で支弁せねばならぬ、これがなかなかの物入りであった。また各郡の民政等は既に土州が占領したる上は、土州
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