という内諭もあったので、その心得で三々五々目立たぬように行ったものである。そうして藩主のみならず臣下一同恭順しているのであるから、外出の際は必ず裃を着た。なお同じ恭順でも高松藩では藩士一同脱刀したという事だが、我藩には皆大小を佩びていた。
しかるに、一方には長州軍が三津へ来ていたから、土州軍への申込みに、一応松山藩主の謹慎の様子を見届けたい、また城郭等も見分したいとの事であった。そこで土州軍はこれまで我藩へ用捨して、そんな事もせなかったのだが、長州軍へ対する関係から、俄にその総督が常真寺へ来て藩主父子に対面をするし、また本丸二の丸を見聞した。続いて長州総督堅田大和及び副たる杉孫七郎が常真寺へ来ることになった。以前は土州軍からはこの常真寺へも用捨して警護兵をつけていなかったのだが、長州へ対するため、この日から一小隊の警護兵を付けることになった。この小隊長は名を何とかいったが、今向うから長州軍の総督が、これも一小隊ばかりの兵を率いて来るのを見て、我土州で固めている区域へは長州兵は一歩も踏込まさぬもしも踏込むなら打払えといって、隊兵に玉込めをさした。その事が長州へも知れたので、長州の一小隊
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