を汚さずに幸であったのだ。この頃我藩は幕府から借りた軍艦のみでは足らないので、親類の関係から隣国の高知藩に軍艦を借りたいと言って、承諾を得た軍艦が阿波の鳴門の海峡から大廻りをして来てやっと着いた。けれどもう用はなくなっていたが、藩主と世子はその軍艦の高浜港に繋いであるのを見分に行かれた。因って私もお供をして、始めて小形ながら軍艦というものに乗ったのである。この艦長は袴羽織で応接したが、その他の乗組員は、筒袖服に洋袴で、小刀もさしていなかったのを、私は珍らしく眺めた。
その後大分日が経ったが、幕軍は少しも盛り返えす様子もなく、従って我藩の軍隊もいよいよ惰気を生じた。けれども幕府から出陣の命は蒙っているので、僅に一里半隔てた城下ながら、世子も帰ることが出来ない。そこで、陣移しの名儀で城下から半里の西山の麓の辻、沢という両村へ引揚げて、庄屋の宅を本陣とした。我々どもも附近の人家を徴発して下宿した。そうして今まで近島にいた軍隊は三津浜まで引揚げた。しかのみならず今度は反対に長州兵が攻めて来るかも知れぬというので、海岸の要所要所へ俄造りの砲台を構えて、新古取交ぜの大砲を据え付けて、幾らかの兵を
前へ
次へ
全397ページ中191ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
内藤 鳴雪 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング