で引いた。なおそこも敵に圧迫さるると困難だというので、隊長の家老始め一同の兵が皆軍艦その他の船へ乗り込んでしまった。この有様を想像すると、彼の平家が一ノ谷が敗れて争って船に乗った様にも似ていたろうかと思われて、今でも残念である。
この幕府の長防再征は、元々騎虎の勢いなので、寄せ手の兵はいずれの口もさほど士気が振っていなかったのだから、芸州《げいしゅう》口の井伊榊原も夜襲を横合から掛けられて、散々に敗走するし、石州口は、津和野藩は早く長州に内通していたから、長州兵はそこを通り越して浜田領へ攻め込み、浜田藩主は終に雲州まで落ちて行かれた。また九州口はこれも長州兵の方から反対に攻め込んで、小倉藩は随分奮戦したけれども、終に落城して藩主は肥後へ落ち行かれた。こんな際に我藩だけは暫時ながらも敵地を占領したという事は、ちょっと名誉であるが、始めよし後わるしで、一敗して最初の勇気が挫けた。世子の本陣でもこの敗報と共に今いった諸口寄せ手の敗報もそろそろと聞えて来たので、再び進撃することの不得策を知って、終に先手その他を藩地の近島まで引揚げられた。これで見れば、世子の渡海せられなかったのはまだしも名誉
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