。あるいはブランコに乗れば一とふりでモウ胸が悪くなる。現今の汽車でもレールが悪くて半日以上も乗っているものなら、モウ食気がなくなる。一体動揺するものに乗ることが私の体には適せぬのだ。そうして左右動は、まだよいが、上下動になると最も困るのだ。そこでブランコと船とが就中閉口せざるを得ぬことになる。けれどもこの船嫌いも、航海をする一回は一回ごとに嫌いになったので、この世子の随行は最初から七回目であったから、今日ほどは弱らなかった。そこで一日だけは世子の側で、勤務もすることが出来たが、少し風波が強くなったので、翌日からは終に引籠った。同僚の日々勤務するに対してなんだか気の毒ではあったが、終に寝たままで幾日か経て藩地の三津浜へ着いた。この海路でまず伊予国の岩城島《いわぎしま》へ着くと、これから城下まで十八里であるが、モウ松山領内に属するから、なんだか勇ましい心地がする。しかのみならず、今でいえば御馳走船とでもいうべきあまたの小船を、岩城島その他の島から出し、それを漕ぎ連らねて世子の船の案内をする。尤もこれは附近に花栗の瀬戸という難所があるから、そのためもあるのだ。そうして、そこらあたりの島で篝を
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