き払った後であるので、段々と人家も出来てはいたけれど、皆粗末な板屋葺きで、所々に焼瓦の散っている空地もあった。しかし今日でいう新京極一帯の地は、小芝居から浄瑠璃、落語、その他の興行物や飲食店はなかなか盛んであった。そうして私どもの寓所よりも近かったので、誰も外出すれば、このさかり場を逍遥したものである。私は最前父が京都留守居の時こそ、家来に舁がれてしばしばここへ見物にきたのであるが、今度は文武を励む世子の側仕えをしているという自重心から、芝居浄瑠璃その他の見物は一切せなかった。ただ或る葭簀張り店で蒸し鮓を売っているのを一度食べて、美味かったから、外出すればそれを食べるのを何よりの楽みとしていた。この外は或る時人に誘われて、四条あたりで汁粉店へ入ったことが一度あるのみである。そこで或る時父に出逢った際、(親子でも勤め向が異《ちが》うから昼夜別居していて逢う事は稀れであったのだ。)父が雑用が要るなら遣ろうかといったが、私は一ヶ月に貰う四両ばかりの金を、右の蒸し鮓代の外何も遣わぬから、遣い道に困っている位なのでその事をいったら、父が笑っていた。実は漢籍などには欲しい物もあったのだが、藩の城下
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