かった。なお一つには父が枢要の位置に居るということにも御陰を蒙っていたのであろう。父もその時やはり世子の御供をして、目付と側用達とを勤めていたのである。
 翌日からいよいよ小姓の勤をするのだが、従来の例としてまず見習いということをさせられる。これは同僚の詰所の一方へ新参の者を並ばせて、何事もさせず、ただ先輩の同僚の執務するのを見せるばかりである。この時間は口をきくこともならず厠《かわや》に行くのも断って行く、弁当も古参から食べといわれねば勝手に食うことは出来ない。そうして肝腎の君側の執務は間を隔てているから、何らも知れないのである。つまり太平の余習として何に限らず、古参は新参に威圧を加え、それで位地を保つというような弊が、この小姓などの仲間にもあったのである。この見習いは常なら五日ばかりもさせられるのであるが、軍事を兼ねた旅行先であるから、我々のは二日ばかりでモウ見習いを免された。そこで翌日から世子にも拝謁して直々に御言葉も給わるし、また三度の御膳の給仕もするし、寝床の出し入れから衣服の取扱いまでをするのである。この君側のことはなお次ぎに詳しくいおう。
 小姓の勤めは、朝番というのが、
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