いのだけれど、さほど弱りもせず、他の人々に比して後《おく》れずに歩いた。私は今でも足はかなり達者だが、他の身体の割合に足が比較的丈夫なということは、この頃からもそうであったのだ。
 世子の本陣は、前年と同じ寺町の或る寺であって、その供方の者どもは、いずれも近傍の寺々を借りて置かれていた。そこで私どもはその本陣へ行って到着のことを届け、同僚はじめ他の役々へも挨拶して、それから同僚どもの居る或る寺へ下がって旅装を解いて、いよいよそこへ落着くことになった。同僚は我々どもを加えて二十三、四人も居たろう。先輩では木脇兵蔵、野沢小才次、菅沼忠三郎、それから小林伊織、山本新三郎、この二人は私の従弟である。また小姓の上に立って君側の監督等をしている側役《そばやく》なるものも三、四人あったが、その中に下村三左衛門というは私の叔父である。その他にも前から顔を知っている者もあるので、兼ていう如く内気な私でも、さほどの心配もなく、最初より親しく交際もした。その上に、私は漢学が出来ているということは多少知られていたのだから、同僚中でも漢学の出来る者は最初からそんな話もするし、その他の人々も何ほどか新参扱いにしな
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