落で、夜は物淋しく、殊更慣れぬ宿りであるから久しく眠に就けなかった。そこで常々好きな書物か何かあれば見たいと想って宿の者に訊ねると、『こんな物がある。』といって、古本を一、二冊出してくれた。その中に三体詩の零本があったから、枕頭の灯を挑《かか》げて、『行尽江南数十程、暁風残月入華清』などという詩を繰返し繰返し読んでいる中につい夢地に入った。今でも三体詩中の詩を読む度に土屋の宿の寂寞を想起するのである。
 その翌日は、一僕と共に私も草鞋掛で歩いて、やがて城下から十里ばかり隔った大頭宿に達した。そこから先はいよいよ他藩即ち小松領に入るので、一層心細い感を抱いた。行き行いて関の峠というへ達した。私は風邪を押していたので段々と疲労を覚えて困っていると、この日路傍に馬方がいて、『帰り馬で安いから乗《のっ》て下さい。』と勧めた。鞍を置いた馬には多少乗った事もあるが、荷馬に乗るは初てなので躊躇したが、僕も共に勧めるので遂にそれに乗った。ところが意外にも乗心地が好く、初めて駄馬に乗る味を知ったので、翌日から度々それを雇うて乗った。
 四日目の宿は和田浜といって、最早讃州へ入ったのであった。例の如く夕飯
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