し悪ければ十日も二十日も日数が掛るのであった。そして百里以上の海陸を経ることである故、旅慣れぬ私は、何だか心細い感じがした、尤も一僕は召連れる事になっていたので、継母の里方春日に久しく出入していた男を特に雇入れた、現に家で使っている僕はまだ若年だからであった。
 こんな私事に属する旅行でも、藩用の船便がある時は、願った上でそれに乗せてもらう事も出来、それなれば同行者も多く、心丈夫なのであるが、折節その便船はなかった。父が重態であるから、何でもかでも、一刻も早く出発せねばならぬのに、大阪へ向けて公私の船を出す三津浜には、差当って大阪へ赴くべき船便は私用のものさえもなかった。そこで、大阪と讃岐《さぬき》の間を往来する金比羅参詣の船へ乗るが好いというので、それへ乗ることにしたが、その船の出る讃岐の丸亀までは三十里近くの陸を行かなければならない。しかしいよいよその陸路に向って発足する事になった。折悪く私は風邪に罹って少し熱があったが、そのために躊躇すべくもないので、宅を出た日は駕籠を雇い、雨を冒して讃岐街道の土屋という宿まで行って、そこから駕籠を返し、その夜はそこに一泊した。
 ここは山中の部
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