等も済んで寝ていると、俄に或る一方で騒がしい声が起り、また苦痛に呻《うめ》く声も聞えて来た。寝られぬままに耳を欹《そばだて》ると、何でも道中によくある胡麻の蠅を働く男を捉えてそれを拷問するのであると判った。僕をして宿の者に訊ねさせると、その宿は今日でいう刑事警察権をも持っていたので、お客様には相済まぬが、役目であるからこんなゴタゴタした事もお聞せ申すのだと答えた。その内に拷問はまた明日にするといって騒ぎは終ったが、一方庭を隔てて止宿している男女が数人あって、その中の一人の女が病気に罹ったので、『久しくここに逗留しているが何時なおって故郷に帰られるであろうか、旅でこんな事になって悲しい悲しい。』と繰返して喞《かこ》つ傍から、同行の者が頻りにそれを慰めている。前には拷問の呻きを聞き、今またこの悲しい声を耳にして、熟々《つらつら》旅寝のいぶせき事も知ったし、その上自分も父が旅に病んでいて、それがためにこういう淋しい旅行をするのかと思うといよいよ夢も結ばれぬのであった。
その翌日、起きて見ると、宿の伜が田舎角力仲間ででもあるらしい大きな肥満した身体でいながら、神棚に向って拍手して一心に礼拝し
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