った。秋の日影は次第に深く、旅館の侘《わび》しい中庭には、木々の落葉が散らばっていた。私はフランネルの着物を着て、ひとりで裏山などを散歩しながら、所在のない日々の日課をすごしていた。
 私のいる温泉地から、少しばかり離れた所に、三つの小さな町があった、いずれも町というよりは、村というほどの小さな部落であったけれども、その中の一つは相当に小ぢんまりした田舎町で、一通りの日常品も売っているし、都会風の飲食店なども少しはあった。温泉地からそれらの町へは、いずれも直通の道路があって、毎日定期の乗合馬車《のりあいばしゃ》が往復していた。特にその繁華なU町へは、小さな軽便《けいべん》鉄道が布設されていた。私はしばしばその鉄道で、町へ出かけて行って買物をしたり、時にはまた、女のいる店で酒を飲んだりした。だが私の実の楽しみは、軽便鉄道に乗ることの途中にあった。その玩具《おもちゃ》のような可愛い汽車は、落葉樹の林や、谷間の見える山峡《やまかい》やを、うねうねと曲りながら走って行った。
 或る日私は、軽便鉄道を途中で下車し、徒歩でU町の方へ歩いて行った。それは見晴しの好《よ》い峠の山道を、ひとりでゆっくり
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