は、大人になった今日でも、長く私の解きがたい謎《なぞ》になってる。
 次に語る一つの話も、こうした私の謎に対して、或る解答を暗示する鍵《かぎ》になってる。読者にしてもし、私の不思議な物語からして、事物と現象の背後に隠れているところの、或る第四次元の世界――景色の裏側の実在性――を仮想し得るとせば、この物語の一切は真実《レアール》である。だが諸君にして、もしそれを仮想し得ないとするならば、私の現実に経験した次の事実も、所詮《しょせん》はモルヒネ中毒に中枢を冒された一詩人の、取りとめもないデカダンスの幻覚にしか過ぎないだろう。とにかく私は、勇気を奮って書いて見よう。ただ小説家でない私は、脚色や趣向によって、読者を興がらせる術《すべ》を知らない。私の為《な》し得ることは、ただ自分の経験した事実だけを、報告の記事に書くだけである。

     2

 その頃私は、北越地方のKという温泉に滞留していた。九月も末に近く、彼岸を過ぎた山の中では、もうすっかり秋の季節になっていた。都会から来た避暑客は、既に皆帰ってしまって、後《あと》には少しばかりの湯治客《とうじきゃく》が、静かに病を養っているのであ
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