歩きたかったからであった。道は軌道《レール》に沿いながら、林の中の不規則な小径を通った。所々に秋草の花が咲き、赫土《あかつち》の肌《はだ》が光り、伐《き》られた樹木が横たわっていた。私は空に浮んだ雲を見ながら、この地方の山中に伝説している、古い口碑《こうひ》のことを考えていた。概して文化の程度が低く、原始民族のタブーと迷信に包まれているこの地方には、実際色々な伝説や口碑があり、今でもなお多数の人々は、真面目《まじめ》に信じているのである、現に私の宿の女中や、近所の村から湯治に来ている人たちは、一種の恐怖と嫌悪《けんお》の感情とで、私に様々のことを話してくれた。彼らの語るところによれば、或る部落の住民は犬神に憑《つ》かれており、或る部落の住民は猫神に憑かれている。犬神に憑かれたものは肉ばかりを食い、猫神に憑かれたものは魚ばかり食って生活している。
 そうした特異な部落を称して、この辺の人々は「憑き村」と呼び、一切の交際を避けて忌《い》み嫌《きら》った。「憑き村」の人々は、年に一度、月のない闇夜《やみよ》を選んで祭礼をする。その祭の様子は、彼ら以外の普通の人には全く見えない。稀《ま》れに見
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