歩き廻った。そして最後に、漸《ようや》く人馬の足跡のはっきりついた、一つの細い山道を発見した。私はその足跡に注意しながら、次第に麓《ふもと》の方へ下って行った。どっちの麓に降りようとも、人家のある所へ着きさえすれば、とにかく安心ができるのである。
幾時間かの後、私は麓へ到着した。そして全く、思いがけない意外の人間世界を発見した。そこには貧しい農家の代りに、繁華な美しい町があった。かつて私の或る知人が、シベリヤ鉄道の旅行について話したことは、あの満目|荒寥《こうりょう》たる無人の曠野《こうや》を、汽車で幾日も幾日も走った後、漸く停車した沿線の一小駅が、世にも賑《にぎ》わしく繁華な都会に見えるということだった。私の場合の印象もまた、おそらくはそれに類した驚きだった。麓の低い平地へかけて、無数の建築の家屋が並び、塔や高楼が日に輝やいていた。こんな辺鄙《へんぴ》な山の中に、こんな立派な都会が存在しようとは、容易に信じられないほどであった。
私は幻燈を見るような思いをしながら、次第に町の方へ近付いて行った。そしてとうとう、自分でその幻燈の中へ這入《はい》って行った。私は町の或る狭い横丁《よこ
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