は何事をも知りはしない。理智はすべてを常識化し、神話に通俗の解説をする。しかも宇宙の隠れた意味は、常に通俗以上である。だからすべての哲学者は、彼らの窮理の最後に来て、いつも詩人の前に兜《かぶと》を脱いでる。詩人の直覚する超常識の宇宙だけが、真のメタフィジックの実在なのだ。
こうした思惟《しい》に耽《ふけ》りながら、私はひとり秋の山道を歩いていた。その細い山道は、経路に沿うて林の奥へ消えて行った。目的地への道標として、私が唯一のたよりにしていた汽車の軌道《レール》は、もはや何所にも見えなくなった。私は道をなくしたのだ。
「迷い子!」
瞑想から醒めた時に、私の心に浮んだのは、この心細い言葉であった。私は急に不安になり、道を探そうとしてあわて出した。私は後へ引返して、逆に最初の道へ戻《もど》ろうとした。そして一層地理を失い、多岐に別れた迷路の中へ、ぬきさしならず入ってしまった。山は次第に深くなり、小径は荊棘《いばら》の中に消えてしまった。空《むな》しい時間が経過して行き、一人の樵夫《きこり》にも逢《あ》わなかった。私はだんだん不安になり、犬のように焦燥しながら、道を嗅《か》ぎ出そうとして
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