追懐をまどろみながら、母の懐中《ふところ》を恋するところの情緒である。それはキーツにもあり、シエレーにもあり、ポオやボードレエルの中にさへも、冬の季節に関する限り、必ず抒情詩の本質的な主題《テーマ》になつてる。特に日本の詩人として、与謝蕪村は天才であり、冬の抒情詩に於て、特別にすぐれた多くの俳句を作つて居る。

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我れを厭ふ隣家寒夜に鍋を鳴らす
葱買ひて枯木の中を帰りけり
易水に根深流るる寒さかな
古寺やほうろく棄つる藪の中
月天心貧しき町を通りけり
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 此等の俳句に現はれる、抒情味《リリツク》の本質は何だらうか。そこには何かしら、或る物なつかしい、昔々母の懐中《ふところ》でまどろむやうな、或はまた焚火の温暖を恋するやうな、人間情緒の本質に遺伝されてる、冬の物侘しい子守唄の情緒がある。それは昔の人々が、しばしば「俳味」と称してゐる者の一種であるが、蕪村の俳句の場合に於て、それが特殊にまたリリカルであり、人の情緒に深く沁み込んでくる者を感じさせる。例へば冬の寒夜に、隣家で鳴らす炊飯の鍋の音。或は荒寥とした枯木の中を、葱さげて家路に急ぐ人の姿
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