冬の情緒
萩原朔太郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)身体《からだ》

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 冬といふ季節は、蕭条とした自然の中にをののいてゐる、人間の果敢ない孤独さを思はせる。我々の遠い先祖は、冬の来る前に穴を掘り、熊や狐やの獣と共に、小さくかじかまつて生きたへて居た。そこには食物も餌物もなく、鈍暗とした空の下で、自然は氷にとざされて居た。死と。眠りと。永遠の沈黙と。――
 おそろしい冬に於て、何よりも人々は火を愛した。人間の先祖たちは、自然の脅威にをののきながら、焚火の前に集つて居た。火が赤々と燃えて来る時、人々の身体《からだ》は暖まり、自然に眠りが催してきた。そのうとうとした、まどろみ心地の夢の中で、だれも皆人々は、母の懐中《ふところ》に抱かれて居た、幼なき時の記憶を思ひ、なつかしい子守唄を思ふのだつた。さうした母の懐中《ふところ》こそは、自然のあらゆる脅威の中から、孤独な幼ない彼等を保護してくれ、冬に於ける焚火のやうに、ぬくぬくと心地よく、彼等を夢心地に暖めてくれるのだつた。
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