文明の進歩につれて、人々は自然の脅威を征服して来た。不断の満たされた食事と、立派な暖房装置の家を持ち、外出に自動車を有する近代人は、あの蕭条とした自然の中にをののいている原始の恐怖を、もはや全く意識の表象から忘れてしまつた。アスハルトの道路と、コンクリートの建築と、人工暖房装置の中に住んでる近代の人々にとつて、おそらく冬は季節の最も楽しい享楽期であらう。そこにはクリスマスがあり、夜会があり、観劇があり、打ち続く歓楽のプログラムがある。しかしながら尚、人間は永遠に先祖の記憶を遺伝して居る。すべて原始にあつた如く、今日の人間も尚、冬に於けるあの「先祖の情緒」を記憶して居り、本能の奥深い隅に於て、決して抜くことができないのである。
それ故に詩人たちは、昔に於ても今に於ても、西洋でも東洋でも、常に同じ一つの主題を有する。同じ一つの「冬」の詩しか作つて居ない。彼等の思想と題材とは、もちろん一人一人に変つて居るが、その詩的情緒の本質に属するものは、普遍の人間性に遺伝されてる、一貫不易のリリツクである。即ちあの蕭条たる自然の中で、たよりなき生の孤独にふるへながら、赤々と燃える焚火の前に、幼時の
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