紅茶の中へそつと落した。
熱い煮えたつた紅茶の中で、見る見る砂糖は解けて行つた。そして小さな細かい気泡《きほう》が、茶碗《ちやわん》の表面に浮びあがり、やがて周囲の辺《へり》に寄り集つた。その時私はまた一つの角砂糖を壺から出した。そして前と同じやうに、気取つた勿体らしい手付をしながら、そつと茶碗へ落し込んだ。(その時私は、いかに自分の手際《てぎわ》が鮮やかで、巴里《パリ》の伊達者《だてしゃ》がやる以上に、スマートで上品な挙動に適《かな》つたかを、自分で意識して得意でゐた。)茶碗の底から、再度また気泡が浮び上つた。そして暫《しば》らく、真中にかたまり合つて踊りながら、さつと別れて茶碗の辺《へり》に吸ひついて行つた。それは丁度、よく訓練された団体遊戯《マスゲーム》が、号令によつて、行動するやうに見えた。
「どうだ。すばらしいだろう!」
と私が言つた。
「まあ。素敵ね!」
とじつと見て居たその少女が、感嘆おく能《あた》はざる調子で言つた。
「これ、本当の芸術だわ。まあ素敵ね。貴方《あなた》。何て名前の方なの?」
そして私の顔を見詰め、絶対無上の尊敬と愛慕をこめて、その長い睫毛《
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