、一枚の古い木札が釘《くぎ》づけてあつた。
(貸家アリ。瓦斯《ガス》、水道付。日当リヨシ。)
ヘルメツトを被つた男は、黙つてその木札をはがし、ポケツトに入れ、すたすたと歩きながら、地平線の方へ消えてしまつた。(『いのち』1937年10月号、『シナリオ研究』1937年10月号)
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この手に限るよ
目が醒《さ》めてから考へれば、実に馬鹿馬鹿しくつまらぬことが、夢の中では勿体《もつたい》らしく、さも重大の真理や発見のやうに思はれるのである。私はかつて夢の中で、数人の友だちと一緒に、町の或る小綺麗《こぎれい》な喫茶店に入つた。そこの給仕女に一人の悧発《りはつ》さうな顔をした、たいそう愛くるしい少女が居た。どうにかして、皆はそのメツチエンと懇意になり、自分に手なづけようと焦燥した。そこで私が、一つのすばらしいことを思ひついた。少女の見て居る前で、私は角砂糖の一つを壺《つぼ》から出した。それから充分に落着いて、さも勿体らしく、意味ありげの手付をして、それを
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