田舎に於ては、すべての家家の時計が動いてゐない。そこでは古びた柱時計が、遠い過去の暦の中で、先祖の幽霊が生きてゐた時の、同じ昔の指盤を指《さ》してゐる。見よ! そこには昔のままの村社があり、昔のままの白壁があり、昔のままの自然がある。そして遠い曾祖母の過去に於て、かれらの先祖が縁組をした如く、今も同じやうな縁組があり、のどかな村落の籬《まがき》の中では、昔のやうに、牛や鶏の声がしてゐる。
 げに田舎に於ては、自然と共に悠悠として実在してゐる、ただ一の永遠な「時間」がある。そこには過去もなく、現在もなく、未来もない。あらゆるすべての生命が、同じ家族の血すぢであつて、冬のさびしい墓地の丘で、かれらの不滅の先祖と共に[#「先祖と共に」に二重丸傍点]、一つの霊魂と共に[#「霊魂と共に」に二重丸傍点]生活してゐる。昼も、夜も、昔も、今も、その同じ農夫の生活が、無限に単調につづいてゐる。そこの環境には変化がない。すべての先祖のあつたやうに、先祖の持つた農具をもち、先祖の耕した仕方でもつて、不変に同じく、同じ時間を続けて行く。変化することは破滅であり、田舎の生活の没落である。なぜならば時間が断
前へ 次へ
全35ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
萩原 朔太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング