労から、にはかに老衰してかへつて行く。
海の巨大な平面が、かく人の観念を正誤する。(『日本詩人』1926年6月号)
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田舎の時計
田舎に於《おい》ては、すべての人人が先祖と共に生活してゐる。老人も、若者も、家婦も、子供も、すべての家族が同じ藁屋根《わらやね》の下に居て、祖先の煤黒《すすぐろ》い位牌《いはい》を飾つた、古びた仏壇の前で臥起《ねおき》してゐる。
さうした農家の裏山には、小高い冬枯れの墓丘があつて、彼等の家族の長い歴史が、あまたの白骨と共に眠つてゐる。やがて生きてゐる家族たちも、またその同じ墓地に葬られ、昔の曾祖母や祖父と共に、しづかな単調な夢を見るであらう。
田舎に於ては、郷党のすべてが縁者であり、系図の由緒《ゆいしよ》ある血をひいてゐる。道に逢《あ》ふ人も、田畑に見る人も、隣家に住む老人夫妻も、遠きまたは近き血統で、互にすべての村人が縁辺する親戚であり、昔からつながる叔父《おじ》や伯母《おば》の一族である。そこではだれもが家族であつて、歴史の古き、伝統する、因襲のつながる「家」の中で、郷党のあらゆる男女が、祖先の幽霊と共に生活してゐる
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