とぼけて居るにちがひないのだ。否、この友人ばかりではない。いつか電車の中で逢《あ》つた男も、私の周囲に居る人たちも、だれも皆知つてるのだ。知つて私に意地わるく教へないのだ。
「ざまあ見やがれ。此奴等!」
私は心の中で友を罵《ののし》り、それから私の知つてる範囲の、あらゆる人人に対して敵愾《てきがい》した。何故に人人が、こんなにも意地わるく私にするのか。それが不可解でもあるし、口惜しくもあつた。
だがしかし、私が友の家を跳び出した時、ふいに全く思ひがけなく、その憑き物のやうな言葉の意味が、急に明るく、霊感のやうに閃《ひら》めいた。
「虫だ!」
私は思はず声に叫んだ。虫! 鉄筋コンクリートといふ言葉が、秘密に表象してゐる謎の意味は、実にその単純なイメーヂに過ぎなかつたのだ。それが何故に虫であるかは、此所《ここ》に説明する必要はない。或る人人にとつて、牡蠣《かき》の表象が女の肉体であると同じやうに、私自身にすつかり解りきつたことなのである。私は声をあげて明るく笑つた。それから両手を高く上げ、鳥の飛ぶやうな形をして、嬉《うれ》しさうに叫びながら、町の通りを一散に走り出した。(『文藝』
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