混雑して、どの卓にも客が溢《あふ》れて居た。若い夫婦づれや、学生の一組や、子供をつれた母親やが、あちこちの卓に坐つて、彼等自身の家庭のことや、生活のことやを話して居た。それらの話は、他の人人と関係がなく、大勢の中に混つて、彼等だけの仕切られた会話であつた。そして他の人人は、同じ卓に向き合つて坐りながら、隣人の会話とは関係なく、夫夫《それぞれ》また自分等だけの世界に属する、勝手な仕切られた話をしやべつて居た。
この都会の風景は、いつも無限に私の心を楽しませる。そこでは人人が、他人の領域と交渉なく、しかもまた各人が全体としての雰囲気《ふんいき》(群集の雰囲気)を構成して居る。何といふ無関心な、伸伸《のびのび》とした、楽しい忘却をもつた雰囲気だらう。
黄昏《たそがれ》になつて、私は公園の椅子に坐つて居た。幾組もの若い男女が、互に腕を組み合せながら、私の坐つてる前を通つて行つた。どの組の恋人たちも、嬉《うれ》しく楽しさうに話をして居た。そして互にまた、他の組の恋人たちを眺め合ひ、批判し合ひ、それの美しい伴奏から、自分等の空にひろがるところの、恋の楽しい音楽を二重にした。
一組の恋人が、ふ
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