かすんで、煙突から熊のやうな煙を吹き出してゐた。
貧しいすがたをしたおかみさん[#「おかみさん」に傍点]が、子供を半てんおんぶで背負ひこみながら、天日のさす道を歩いてゐる。それが私のかみさんであり、その後からやくざな男が、バケツや荷をいつぱい抱へて、痩犬《やせいぬ》のやうについて行つた。
大井町!
かうして冬の寒い盛りに、私共の家族が引つ越しをした。裏町のきたない長屋に、貧乏と病気でふるへてゐた。ごみためのやうな庭の隅に、まいにち腰巻やおしめ[#「おしめ」に傍点]を干してゐた。それに少しばかりの日があたり、小旗のやうにひらひらしてゐた。
大井町!
無限にさびしい工場がならんでゐる、煤煙で黒ずんだ煉瓦の街を、大ぜいの労働者がぞろぞろと群がつてゐる。夕方は皆が食ひ物のことを考へて、きたない料理屋のごてごてしてゐる、工場裏の町通りを歩いてゐる。家家の窓は煤《すす》でくもり、硝子が小さくはめられてゐる。それに日ざしが反射して、黒くかなしげに光つてゐる。
大井町!
まづしい人人の群で混雑する、あの三叉《みつまた》の狭い通りは、ふしぎに私の空想を呼
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