た。金鵄勲章功七級、玄武門の勇士ともあろう者が、壮士役者に身をもち崩《くず》して、この有様は何事だろう。
 次第に重吉は荒《すさ》んで行った。賭博《ばくち》をして、とうとう金鵄勲章を取りあげられた。それから人力俥夫《じんりきしゃふ》になり、馬丁になり、しまいにルンペンにまで零落した。浅草公園の隅《すみ》のベンチが、老いて零落した彼にとっての、平和な楽しい休息所だった。或る麗《うら》らかな天気の日に、秋の高い青空を眺めながら、遠い昔の夢を思い出した。その夢の記憶の中で、彼は支那人と賭博《ばくち》をしていた。支那人はみんな兵隊だった。どれも辮髪を背中にたれ、赤い珊瑚玉のついた帽子を被り、長い煙管《キセル》を口にくわえて、悲しそうな顔をしながら、地上に円《まる》くうずくまっていた。戦争の気配もないのに、大砲の音が遠くで聴《きこ》え、城壁の周囲《まわり》に立てた支那の旗が、青や赤の総《ふさ》をびらびらさせて、青竜刀の列と一所に、無限に沢山連なっていた。どこからともなく、空の日影がさして来て、宇宙が恐ろしくひっそり[#「ひっそり」に傍点]していた。
 長い、長い時間の間、重吉は支那兵と賭博をして
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