いた。黙って、何も言わず、無言に地べたに坐りこんで……。それからまた、ずっと長い時間がたった……。目が醒《さ》めた時、重吉はまだベンチにいた。そして朦朧《もうろう》とした頭脳《あたま》の中で、過去の記憶を探そうとし、一生懸命に努めて見た。だが老いて既に耄碌《もうろく》し、その上|酒精《アルコール》中毒にかかった頭脳は、もはや記憶への把持《はじ》を失い、やつれたルンペンの肩の上で、空《むな》しく漂泊《さまよ》うばかりであった。遠い昔に、自分は日清戦争に行き、何かのちょっとした、ほんの詰らない手柄をした――と彼は思った。だがその手柄が何であったか、戦場がどこであったか、いくら考えても思い出せず、記憶がついそこまで来ながら、朦朧として消えてしまう。
「あア!」
と彼は力なく欠伸《あくび》をした。そして悲しく、投げ出すように呟《つぶや》いた。
「そんな昔のことなんか、どうだって好《い》いや!」
それからまた眠りに落ち、公園のベンチの上でそのまま永久に死んでしまった。丁度昔、彼が玄武門で戦争したり、夢の中で賭博をしたりした、憐れな、見すぼらしい日傭人《ひようとり》の支那傭兵と同じように、そっ
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