響をきいた。


 大工の弟子

僕は都會に行き
家を建てる術を學ばう。
僕は大工の弟子となり
大きな晴れた空に向つて
人畜の怒れるやうな屋根を造らう。
僕等は白蟻の卵のやうに
巨大な建築の柱の下で
うぢうぢとして仕事をしてゐる。
甍《いらか》が翼《つばさ》を張りひろげて
夏の烈日の空にかがやくとき
僕等は繁華の街上にうじやうじやして
つまらぬ女どもが出してくれる
珈琲店《カフエ》の茶などを飮んでる始末だ。
僕は人生に退屈したから
大工の弟子になつて勉強しよう。


 時計

古いさびしい空家の中で
椅子が茫然として居るではないか。
その上に腰をかけて
編物をしてゐる娘もなく
煖爐に坐る黒猫の姿も見えない
白いがらんどうの家の中で
私は物悲しい夢を見ながら
古風な柱時計のほどけて行く
錆びたぜんまいの響を聽いた。
じぼ・あん・じやん! じぼ・あん・じやん!

古いさびしい空家の中で
昔の戀人の寫眞を見てゐた。
どこにも思ひ出す記憶がなく
洋燈《らんぷ》の黄色い光の影で
かなしい情熱だけが漂つてゐた。
私は椅子の上にまどろみながら
遠い人氣《ひとけ》のない廊下の向うを
幽靈のやうにほごれ
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