指盤の向うで、冬のさびしい海景が泣きわびて居るではないか。
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 吉原

高い板塀の中にかこまれてゐる
うすぐらい陰氣な區域だ。
それでも空地に溝がながれて
木が生え
白き石炭酸の臭ひはぷんぷんたり。
吉原!
土堤ばたに死んでる蛙のやうに
白く腹を出してる遊廓地帶だ。

かなしい板塀の圍ひの中で
おれの色女が泣いてる聲をきいた
夜つぴとへだ。
それから消化不良のうどんを食つて
煤けた電氣の下に寢そべつてゐた。
「また來てくんろよう!」

曇つた絶望の天氣の日でも
女郎屋の看板に寫眞が出てゐる。


 郵便局の窓口で

郵便局の窓口で
僕は故郷への手紙をかいた。
鴉のやうに零落して
靴も運命もすり切れちやつた
煤煙は空に曇つて
けふもまだ職業は見つからない。

父上よ
何が人生について殘つて居るのか。
僕はかなしい虚無感から
貧しい財布の底をかぞへて見た。
すべての人生を銅貨にかへて
道路の敷石に叩きつけた。
故郷よ!
老いたまへる父上よ。

僕は港の方へ行かう
空氣のやうに蹌踉として
波止場《はとば》の憂鬱な道を行かう。
人生よ!
僕は出帆する汽船の上で
笛の吠えさけぶ
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