時計のやうに鳴つてゐる
浦!
ふしぎなさびしい心臟よ。
ula! ふたたび去りてまた逢ふ時もないのに。


 鴉

青や黄色のペンキに塗られて
まづしい出窓がならんでゐる。
むやみにごてごてと屋根を張り出し
道路いちめん 積み重なつたガタ馬車なり。
どこにも人間の屑がむらがり
そいつが空腹の草履《ざうり》をひきずりあるいて
やたらにゴミダメの葱を喰ふではないか。
なんたる絶望の光景だらう!
わたしは魚のやうにつめたくなつて
目からさうめん[#「さうめん」に傍点]の涙をたらし
情慾のみたされない いつでも陰氣な悶えをかんずる
ああこの噛みついてくる蠍《さそり》のやうに
どこをまたどこへと暗愁はのたくり行くか。
みれば兩替店の赤い窓から
病氣のふくれあがつた顏がのぞいて
大きなパイプのやうに叫んでゐた。
「きたない鴉め! あつちへ行け!」


 駱駝

さびしい光線のさしてる道を
わたしは駱駝のやうに歩いてゐよう。
すつぱい女どもの愛からのがれて
なにかの職業でもさがしてみよう。
どことも知らない
遠くの交易市場の方へ出かけて行つて
馬具や農具の古ぼけた商賣《あきなひ》でも眺めてゐよう。

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