《いめいぢ》よ。
それは耳もない 顏もない つるつるとして空にのぼる野蔦のやうだ
夏雲よ なんたるとりとめのない寂しさだらう!
どこにこれといふ信仰もなく たよりに思ふ戀人もありはしない。
わたしは駱駝のやうによろめきながら
椰子の實の日にやけた核を噛みくだいた。
ああ こんな乞食みたいな生活から
もうなにもかもなくしてしまつた。
たうとう風の死んでる野道へきて
もろこしの葉うらにからびてしまつた。
なんといふさびしい自分の來歴だらう。


 沿海地方

馬や駱駝のあちこちする
光線のわびしい沿海地方にまぎれてきた。
交易をする市場はないし
どこで毛布《けつと》を賣りつけることもできはしない。
店鋪もなく
さびしい天幕《てんまく》が砂地の上にならんでゐる。
どうしてこんな時刻を通行しよう!
土人のおそろしい兇器のやうに
いろいろな呪文がそこらいつぱい[#「いつぱい」に傍点]にかかつてしまつた
景色はもうろうとして暗くなるし
へんてこなる砂風《すなかぜ》がぐるぐるとうづをまいてる。
どこにぶらさげた招牌《かんばん》があるではなし
交易をしてどうなるといふあてもありはしない。
いつそぐだら
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