遠い田舍の自然から呼びあげる鷄《とり》のこゑです
とをてくう とをるもう とをるもう。
戀びとよ
戀びとよ
有明のつめたい障子のかげに
私はかぐ ほのかなる菊のにほひを
病みたる心靈のにほひのやうに
かすかにくされゆく白菊のはなのにほひを。
戀びとよ
戀びとよ。
しののめきたるまへ
私の心は墓場のかげをさまよひあるく。
ああ なにものか私をよぶ苦しきひとつの焦燥
このうすい紅《べに》いろの空氣にはたへられない
戀びとよ
母上よ
早くきてともしびの光を消してよ
私はきく 遠い地角のはてを吹く大風《たいふう》のひびきを。
とをてくう とをるもう とをるもう。
みじめな街燈
雨のひどくふつてる中で
道路の街燈はびしよびしよにぬれ
やくざな建築は坂に傾斜し へしつぶされて歪んでゐる。
はうはうぼうぼうとした煙霧の中を
あるひとの運命は白くさまよふ。
そのひとは大外套に身をくるんで
まづしく みすぼらしい鳶《とんび》のやうだ。
とある建築の窓に生えて
風雨にふるへる ずつくりぬれた青樹をながめる。
その青樹の葉つぱがかれを手招き
かなしい雨の景色の中で
厭やらしく 靈魂《たましひ》の
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