ぞつとするものを感じさせた。
さうしてびしよびしよに濡れてしまつた。
影も からだも 生活も 悲哀でびしよびしよに濡れてしまつた。


 恐ろしい山

恐ろしい山の相貌《すがた》をみた。
まつ暗な夜空にけむりを吹きあげてゐる
おほきな蜘蛛のやうな眼《め》である。
赤くちろちろと舌をだして
うみざりがに[#「うみざりがに」に傍点]のやうに平つくばつてる。
手足をひろくのばして麓いちめんに這ひ※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つた
さびしくおそろしい闇夜である。
がうがうといふ風が草を吹いてゐる 遠くの空で吹いてる。
自然はひつそりと息をひそめ
しだいにふしぎな 大きな山のかたちが襲つてくる。
すぐ近いところにそびえ
怪異な相貌《すがた》が食はうとする。


 題のない歌

南洋の日にやけた裸か女のやうに
夏草の茂つてゐる波止場の向うへ ふしぎな赤錆びた汽船がはひつてきた。
ふはふはとした雲が白くたちのぼつて
船員のすふ煙草のけむりがさびしがつてる。
わたしは鶉のやうに羽ばたきながら
さうして丈の高い野茨の上を飛びまはつた。
ああ 雲よ 船よ どこに彼女は航海の碇をすてたか
ふしぎ
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