のあやしげなる聖者の夢はむすばれる。
げにそのひと[#「そのひと」に傍点]の心をながれるひとつの愛憐
そのひとの瞳孔《ひとみ》にうつる不死の幻想
あかるくてらされ
またさびしく消えさりゆく夢想の幸福と、その怪しげなるかげかたち。
ああ そのひとについて思ふことは
そのひとの見たる幻想の國をかんずることは
どんなにさびしい生活の日暮れを色づくことぞ
いま疲れてながく孤獨の椅子に眠るとき
わたしの家の窓にも月かげさし
月は花やかに空にのぼつてゐる。

佛よ
わたしは愛する おんみの見たる幻想の蓮の花瓣を
青ざめたるいのちに咲ける病熱の花の香氣を
佛よ
あまりに花やかにして孤獨なる。


 鷄

しののめきたるまへ
家家の戸の外で鳴いてゐるのは鷄《にはとり》です。
聲をばながくふるはして
さむしい田舍の自然から呼びあげる母の聲です
とをてくう とをるもう とをるもう。

朝のつめたい臥床《ふしど》の中で
私のたましひは羽ばたきする。
この雨戸の隙間からみれば
よもの景色はあかるくかがやいてゐるやうです。
されどもしののめきたるまへ
私の臥床にしのびこむひとつの憂愁。
けぶれる木木の梢をこえ

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