だらうよ。


 夢にみる空家の庭の祕密

その空家の庭に生えこむものは松の木の類
枇杷の木 桃の木 まきの木 さざんか さくらの類
さかんな樹木 あたりにひろがる樹木の枝。
またそのむらがる枝の葉かげに ぞくぞくと繁茂するところの植物
およそ しだ わらび ぜんまい もうせんごけの類
地べたいちめんに重なりあつて這ひまはる
それら青いものの生命《いのち》
それら青いもののさかんな生活。
その空家の庭は、いつも植物の日影になつて薄暗い
ただかすかにながれるものは一筋の小川のみづ
夜も晝もさよさよと悲しくひくくながれる水の音
またじめじめとした垣根のあたり
なめくぢ へび かへる とかげ のぬたぬたとした氣味のわるいすがたをみる。
さうしてこの幽邃な世界のうへに
夜は青じろい月の光がてらしてゐる
月の光は前栽の植込から、しつとりとながれこむ。
あはれにしめやかな この深夜のふけてゆく思ひに心をかたむけ
わたしの心は垣根にもたれて横笛を吹きすさぶ
ああ このいろいろの物のかくされた祕密の生活
かぎりなく美しい影と 不思議なすがたの重なりあふところの世界
月光の中にうかびいづる羊齒《しだ》 
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