11]のわびしい時刻がうかんでゐる。
さうしてべにがら[#「べにがら」に傍点]いろにぬられた恐怖の谷では
獸《けもの》のやうな榛《はん》の木が腕を突き出し
あるいはその根にいろいろな祭壇が乾《ひ》からびてる。
どういふ人間どもの妄想だらう!


 暦の亡魂

薄暮のさびしい部屋の中で
わたしのあうむ時計はこはれてしまつた。
感情のねぢは錆びて ぜんまい[#「ぜんまい」に傍点]もぐだらくに解けてしまつた。
こんな古ぼけた暦をみて
どうして宿命のめぐりあふ暦數をかぞへよう。
いつといふこともない
ぼろぼろになつた憂鬱の鞄をさげて
明朝《あした》は港の方へでも出かけて行かう。
さうして海岸のけむつた柳のかげで
首《くび》なし船のちらほらと往き通《か》ふ帆でもながめてゐよう
あるいは波止場の垣にもたれて
乞食共のする砂利場の賭博《ばくち》でもながめてゐよう。
どこへ行かうといふ國の船もなく
これといふ仕事や職業もありはしない。
まづしい黒毛の猫のやうに
よぼよぼとしてよろめきながら歩いてゐる。
さうして芥燒場《ごみやきば》の泥土《でいど》にぬりこめられた
このひとのやうなものは
忘れた暦の亡魂
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