この美しい都會を愛するのはよいことだ
この美しい都會の建築を愛するのはよいことだ
すべてのやさしい娘等をもとめるために
すべての高貴な生活をもとめるために
この都にきて賑やかな街路を通るはよいことだ
街路にそうて立つ櫻の竝木
そこにも無數の雀がさへづつてゐるではないか。
ああ このおほきな都會の夜にねむれるものは
ただ一匹の青い猫のかげだ
かなしい人類の歴史を語る猫のかげだ
われらの求めてやまざる幸福の青い影だ。
いかならん影をもとめて
みぞれふる日にもわれは東京を戀しと思ひしに
そこの裏町の壁にさむくもたれてゐる
このひとのごとき乞食はなにの夢を夢みて居るのか。


 月夜

重たいおほきな翅をばたばたして
ああ なんといふ弱弱しい心臟の所有者だ。
花瓦斯のやうな明るい月夜に
白くながれてゆく生物の群をみよ
そのしづかな方角をみよ。
この生物のもつひとつのせつなる情緒をみよ。
あかるい花瓦斯のやうな月夜に
ああ なんといふ悲しげな いぢらしい蝶類の騷擾だ。


 春の感情

ふらんす[#「ふらんす」に傍点]からくる煙草のやにのにほひのやうだ
そのにほひをかいでゐると氣がうつとりとする
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