にかさなり
浪はかずかぎりなき日影をつくり、日影はゆるぎつつひろがりすすむ。
人のひとりひとりにもつ憂ひと悲しみと、みなそこの日影に消えてあとかたもない。
ああ このおほいなる愛と無心のたのしき日影
たのしき浪のあなたにつれられて行く心もちは涙ぐましい。
いま春の日のたそがれどき
群集の列は建築と建築との軒をおよいで
どこへどうしてながれて行かうとするのだらう。
私のかなしい憂鬱をつつんでゐる ひとつのおほきな地上の日影。
ただよふ無心の浪のながれ
ああ どこまでも どこまでも この群集の浪の中をもまれて行きたい
もまれて行きたい。
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[#「ホテル之圖」の挿し絵]
ホテル之圖
ホテルの屋根の上に旗が立つてる。何といふ寂しげな、物思ひに沈んだ旗だらう。鋪道に歩いてる人も馬車も、靜かな郷愁に耽りながら、無限の「時」の中を徘徊してゐる。そして家家の窓からは、閑雅なオルゴールの音が聞えてくる。この街の道の盡きるところに、港の海岸通があるのだらう。すべての出發した詩人たちは、重たい旅行鞄を手にさげながら、今も尚このホテルの五階に旅泊して居る。
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青猫
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