酒も 戀も 月も もはやこの季節のものでない
わたしは老いさらぼつた鴉のやうに
よぼよぼとして遠國の旅に出かけて行かう。
さうして乞食どものうろうろする
どこかの遠い港の波止場で
海草の焚けてる空のけむりでも眺めてゐよう。
ああ まぼろしの處女《をとめ》もなく
しをれた花束のやうな運命になつてしまつた
砂地にまみれ
砂利食《じやりくひ》がにのやうにひくい音で泣いてゐよう。


 その手は菓子である

そのじつにかはゆらしい むつくりとした工合はどうだ
そのまるまるとして菓子のやうにふくらんだ工合はどうだ
指なんかはまことにほつそりとしてしながよく
まるでちひさな青い魚類のやうで
やさしくそよそよとうごいてゐる樣子はたまらない。
ああ その手の上に接吻《きす》がしたい。
そつくりと口にあてて喰べてしまひたい
なんといふすつきりとした指先のまるみだらう
指と指との間に咲く このふしぎなる花の風情はどうだ
その匂ひは麝香のやうで 薄く汗ばんだ桃の花のやうにみえる。
かくばかりも麗はしくみがきあげた女性の指
すつぽりとしたまつ白のほそながい指
ぴあのの鍵盤をたたく指
針をもて絹をぬふ仕事の指
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