であらう
そのよろこびはだれも知らない祕密のよろこび
さかんに強い力をもつてひろがりゆく生命《いのち》のよろこびだ。
みよ ひとつの魂はその上にすすりなき
ひとつの魂はその上に合掌するまでにいたる
ああかくのごとき大いなる愛憐の寢臺はどこにあるか
それによつて惱めるものは慰められ 求めるものはあたへられ
みなその心は子供のやうにすやすやと眠る
ああ このひとつの寢臺 あこがれもとめ夢にみるひとつの寢臺
ああこの幻《まぼろし》の寢臺はどこにあるか。


 青空に飛び行く

かれは感情に飢ゑてゐる。
かれは風に帆をあげて行く舟のやうなものだ
かれを追ひかけるな
かれにちかづいて媚をおくるな
かれを走らしめろ 遠く白い浪のしぶきの上にまで。
ああ かれのかへつてゆくところに健康がある。
まつ白な 大きな幸福の寢床がある。
私をはなれて住むときには
かれにはなんの煩らひがあらう!
私は私でここに止つてゐよう
まづしい女の子のやうに 海岸に出で貝でも拾つてゐよう
ねぢくれた松の木の幹でも眺めてゐよう
さうして灰色の砂丘に坐つてゐると
私は私のちひさな幸福に涙がながれる。
ああ かれをして遠く遠く
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