沖の白浪の上にかへらしめろ
かれにはかれの幸福がある。
ああかくして、一羽の鳥は青空に飛び行くなり。


 冬の海の光を感ず

遠くに冬の海の光をかんずる日だ
さびしい大浪《おほなみ》の音《おと》をきいて心はなみだぐむ。
けふ沖の鳴戸を過ぎてゆく舟の乘手はたれなるか
その乘手等の黒き腕《かひな》に浪の乘りてかたむく

ひとり凍れる浪のしぶきを眺め
海岸の砂地に生える松の木の梢を眺め
ここの日向に這ひ出づる蟲けらどもの感情さへ
あはれを求めて砂山の影に這ひ登るやうな寂しい日だ
遠くに冬の海の光をかんずる日だ
ああわたしの憂愁のたえざる日だ
かうかうと鳴るあの大きな浪の音をきけ
あの大きな浪のながれにむかつて
孤獨のなつかしい純銀の鈴をふり鳴らせよ
わたしの傷める肉と心。


 騷擾

重たい大きな翼《つばさ》をばたばたして
ああなんといふ弱弱しい心臟の所有者だ
花瓦斯のやうな明るい月夜に
白くながれてゆく生物の群をみよ。
そのしづかな方角をみよ
この生物のもつひとつの切なる感情をみよ
明るい花瓦斯のやうな月夜に
ああなんといふ悲しげな いぢらしい蝶類の騷擾だ。


 群集の中を求めて歩く
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