は夢の記憶をたどらうとする
夢はあはれにさびしい秋の夕べの物語
水のほとりにしづみゆく落日と
しぜんに腐りゆく古き空家にかんするかなしい物語。
夢をみながら わたしは幼な兒のやうに泣いてゐた
たよりのない幼な兒の魂が
空家の庭に生える草むらの中で しめつぽいひきがへるのやうに泣いてゐた。
もつともせつない幼な兒の感情が
とほい水邊のうすらあかりを戀するやうに思はれた
ながいながい時間のあひだ わたしは夢をみて泣いてゐたやうだ。
あたらしい座敷のなかで 蝶が翼《はね》をひろげてゐる
白い あつぼつたい 紙のやうな翼《はね》をふるはしてゐる。
腕のある寢臺
綺麗なびらうどで飾られたひとつの寢臺
ふつくりとしてあつたかい寢臺
ああ あこがれ こがれいくたびか夢にまで見た寢臺
私の求めてゐたただひとつの寢臺
この寢臺の上に寢るときはむつくりとしてあつたかい
この寢臺はふたつのびらうどの腕をもつて私を抱く
そこにはたのしい愛の言葉がある
あらゆる生活《らいふ》のよろこびをもつたその大きな胸の上に
私はすつぽりと疲れたからだを投げかける
ああこの寢臺の上にはじめて寢るときの悦びはどんな
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