懺悔の巣をぞかけそめし。


 懺悔

あるみにうむの薄き紙片に
すべての言葉はしるされたり
ゆきぐもる空のかなたに罪びとひとり
ひねもす齒がみなし
いまはやいのち凍らんとするぞかし。
ま冬を光る松が枝に
懺悔のひとの姿あり。


 夜の酒場

夜の酒場の
暗緑の壁に
穴がある。
かなしい聖母の額《がく》
額の裏《うら》に
穴がある。
ちつぽけな
黄金蟲のやうな
祕密の
魔術のぼたんだ。
眼《め》をあてて
そこから覗く
遠くの異樣な世界は
妙なわけだが
だれも知らない。
よしんば
醉つぱらつても
青白い妖怪の酒盃《さかづき》は、
「未知」を語らない。
夜の酒場の壁に
穴がある。


 月夜

へんてこの月夜の晩に
ゆがんだ建築の夢と
醉つぱらひの圓筒帽子《しるくはつと》。


 見えない兇賊

兩手に兇器
ふくめんの兇賊
往來にのさばりかへつて
木の葉のやうに
ふるへてゐる奴。

いつしよけんめいでみつめてゐる
みつめてゐるなにものかを
だがかはいさうに
奴め 背後《うしろ》に氣がつかない、
背後には未知の犯罪
もうもうとしてゐる黒の板塀。

夜目にも光る
白銀《しろがね》の服を着
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