いま群集はどこへ行つたか
かれらの幻想はどこへ散つたか。
わびしい追憶の心像《いめえぢ》は、蒼空にうかぶ雲のやうだ。


 商業

商業は旗のやうなものである
貿易の海をこえて遠く外國からくる船舶よ
あるいは綿や瑪瑙をのせ
南洋 亞細亞の島島をめぐりあるく異國のまどろすよ。
商業の旗は地球の國國にひるがへり
自由の領土のいたるところに吹かれてゐる。
商人よ
港に君の荷物は積まれ
さうして運命は出帆の汽笛を鳴らした。
荷主よ
水先案内《ぱいろつと》よ
いまおそろしい嵐のまへに むくむくと盛りあがる雲を見ないか
妖魔のあれ狂ふすがたを見ないか
たちまち帆柱は裂きくだかれ
するどく笛のさけばれ
さうして船腹の浮きあがる青じろい死魚を見る。
ああ日はしづみゆき
かなしく沖合にさまよふ不吉の鴎はなにを歌ふぞ。
商人よ
ふたたび椰子の葉の茂る港にかへり
君のあたらしい綿と瑪瑙を積みかへせ
亞細亞のふしぎなる港々にさまよひ來り
青空高くひるがへる商業の旗の上に
ああかのさびしげなる幽靈船のうかぶをみる。
商人よ! 君は冒險にして自由の人
君は白い雲のやうに、この解きがたくふしぎなる愁ひをしる。
商業
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