喧嘩の、繩ばりの、讐敵《かたき》の修羅場へたたき込む。

僕等の親分は自由の人で
青空を行く鷹のやうだ。
もとより大膽不敵な奴で
計畫し、遂行し、豫言し、思考し、創見する。
かれは生活を創造する。
親分!


 涅槃

花ざかりなる菩提樹の下
密林の影のふかいところで
かのひとの思惟《おもひ》にうかぶ
理性の、幻想の、情感の、いとも美しい神祕をおもふ。

涅槃は熱病の夜あけにしらむ
青白い月の光のやうだ
憂鬱なる 憂鬱なる
あまりに憂鬱なる厭世思想の
否定の、絶望の、惱みの樹蔭にただよふ靜かな月影
哀傷の雲間にうつる合歡の花だ。

涅槃は熱帶の夜明けにひらく
巨大の美しい蓮華の花か
ふしぎな幻想のまらりや熱か
わたしは宗教の祕密をおそれる
ああかの神祕なるひとつのいめえぢ[#「いめえぢ」に傍点]――「美しき死」への誘惑。

涅槃は媚藥の夢にもよほす
ふしぎな淫慾の悶えのやうで
それらのなまめかしい救世《くぜ》の情緒は
春の夜に聽く笛のやうだ。

花ざかりなる菩提樹の下
密林の影のふかいところで
かのひとの思惟《おもひ》にうかぶ
理性の、幻想の、情感の、いとも美しい神祕をおもふ。


 
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